ご案内

塀があった方が窓を壊したりする作業が見られなくていいし、塀を足場に二階に上りやすいというドロボーもいれば、塀があると気づかれた時に逃げにくいから嫌だという者もいるそうだ。
ただ、塀の嫌いなドロボーも入りにくくていやだ、ではなくて、逃げにくくていやだ、と言ってることに注目してほしい。
塀はドロボーの侵入を防ぐためには全く役立っていない。
明治のサラリーマンの格式を求める気持ちがまずありきに、その後のサラリーマンの心理的惰性が重なり、現在の日本の郊外住宅地の塀は作られつづけていると私はにらんでいる。
で、わが家(タンポポ・ハウス)の建設にあたり、試しに塀はむろん生け垣すら作らず、道とツーツーにしてみた。
五年たつが、困ることは一つもない。
近所の幼い子供は庭の芝生の上で遊んでいるし、東隣の農家は道を通らず庭づたいに回覧板を持ってくる。
開放的でまことにいい。
私だけ堺じゃなくて、西の逼向こうのSさんちでも、このたび、大谷石の塀を壊し、ごく低いスケスケの生け垣に直し、庭と通を視覚的につないだ。
道の両側の二軒がそうしただけで、あたりの空間は広がり、気持ちよさは格段にちがう。
プライバシーは、ちょっとした建築的工夫とカーテンで簡単に守れる。
塀も生け垣もない住宅地を作ってみたらどうだろうか。
最期の晩餐という大テーマが人間には課されていることを御存じだろうか。
ひらたくいうと、死ぬ前に何を食って死にたいか。
ちなみに私は、ウナ重じゃなくてウナ井。
ウナ重は重箱の持ち心地が不安定だし、隅のゴバン粒がどうも……。
赤瀬川原平さんは、お茶漬けなら中身は問わないそうだが、最期のお菓子については譲れない一線があって、コシアンではなくて粒アンのおまんじゅうを所望。
南伸坊さんは、まだ決めてないが、まんじゅうについては粒アンにかぎる。
私や読者の皆さんのような建築に興味のある方には、もう一つ、最期問題がある。
(最期の風景)何を見てから死にたいか。
けっこう迷う。
まず、自然の風景にするか、やはり名建築を選ぶか。
迷いは深いが、私の場合、本当のところを申しますと、名建築といえどそれを最画期におさらばはしたくない。
それよか、ウナギと汁のしみた白いご飯のコントラストをじっくり眺める方がまだいい。
自分でもあきれるくらいに建築への未練はない。
雪をいただく山とか、芽ぶき時の雑木林とか、入り日の海とか、夏の渓流とか、そういう美しい自然の光景にはそうとうひかれる。
が、ウナギでいうところのウナ重的躊躇がある。
細部に納得できないところが残る。
せっかく死んであの世に行くんだから、もうちょっと夢見心地というか、そういうものを期待したいではないか。
あれこれ考えて、私の結論は、庭を見てからというより、縁側に横たわって、庭を見ながら死にたい。
若い時のようにかっこみ気味にウナ井を食べてから、おもむろに縁側に出て、番茶で粒あんの豆大福をゆっくりゆっくりほおばり、モグモグアグアグ。
明るく広がる砂と岩と水と緑の庭に目をやると、″アッ、岩にトンボが止まった`やがて静かに横たわり、縁側の板のザラッとした感触と温かさを右頬に感じながら、最期の息がフーツ。
なんだか書いているうちにその気になってきました。
建築と庭の関係は密接しているだけに複雑で、建築家と造園家の間には外からはうかがい知れぬような狭くて深い溝がある。
建築家は庭は建物のついで、と思いやすい。
事実、建設事業においては、造園、外棒の予算というのは建築本体が決まってから、その残りがあてがわれる場合が多い。
建築は、技術、思想、美、などなどを含み、その時代を象徴する表現である。
よって、建築家は建築の方がエライと思っているのだが、このことをさる造園家に話したら、京都のお寺に行った時のことを思い出してみなさいと、静かに諭された。
たとえば、竜安寺。
建物を見てるヤツなんかいるか。
いない。
みんな、建物の中に座り、向こうに広がる庭をじっと眺めてるだろう。
こう諭されたのが、十数年前で、以来、この間題は私の頭の中で宙吊り状態。
そうか、人は、建物なんかじゃなくて、庭を見ながら死にたいのだ。
それも、建物に座って。
この話はけっこうショックで、聞いた当初は、建物は庭を見るためのただの額縁なのではあるまいか、とまで思った。
「庭は末期の目で見るべし」、こういう言葉のあることも知った。
いつ頃、誰の発した言葉か知らないが、庭は末期の目うまり死ぬときの目で見るべきもの。
そういう目で眺めてはじめて庭が本当にわかるというのである。
自分は若いと思っていた当時は、反発もないではなかったが、年を経るに従い、真実味がジワジワとにじみ出してきて、反発を流し去ってしまい、今では、ソノトオリトオモイマス。
建物と庭の根本のところでの違いはなんなのか。
どうして、究極のところで建築は庭に頑かなわないのか。
実は、庭はあの世のものなのである。
この世の建物があの世の庭にかなうわけもない。
と、急に言われたって、とまどいを覚える読者の方が多いかも知れないが、疑う人は今度庭を見に行った時、自分に一つの問いを問うてほしい。
ちょっとキザな問いになるが、庭に時間というものを看取できるかどうか。
きっと、庭では時間は止まっている。
ずっと昔からそのようにあり、いつまでもこのようにしてあるだろう。
いかにもの言い方をすると、庭とは時間を無化する装置なのである。
証拠もちゃんとあります。
白い砂と青い松。
白砂青松。
これがその証拠。
白い砂浜の松の古木の下にはジイさんとバアさんが立っていて、砂の上には尻に毛が生えた亀がいて、空には鶴が飛ぶ。
そう正月用の安掛け軸や千歳アメの袋の絵。
古来、わが国では、白砂青松の図柄は、千歳万歳うまり永遠にかわらないこと、時間の止まっていることのしるしとされてきた。
時間という、すべてを変質させ、亡ぼす力のおよばない場であることのしるし。
あの世もそうだし、神さまのいるところもそういう場だ。
たとえば、能の舞台の橋掛りの作りを思い出してほしい。
橋の足許には白砂が敷かれ、於が立てられているだろう。
白砂青松はそこが別世界であることを意味し、そういう場に橋を渡って出ていって、演じ舞う。
もちろん、昔むかしのその昔は神のための舞を舞ったわけだが、その名残。
遠山金四郎が桜吹雪を飛ばすところをお白州″というが、あれも、その昔、神さまの前で裁きをしたことの名残。
庭もあの世も神さまのいる場所も時間が止まっているという共通性を持つ。
つまり、元々は同じところから出てきたのである。
語源からもこのことは証明されていて、「ニワ」というのは神さまのおわすところの前の広がりをさした。
供物を並べたり、祈ったり、神の言葉を開いたり、神楽を舞ったり、相撲を奉納したり、そういう場を「ニワ」といった。
そういう場は清らかでなければならないから白い砂を敷いた。
そして、植物のなかで一番生命力の強い松を立てた。
浜辺の塩水漬けのなかで育つのは松(黒松)だし、冷涼な高山の岩の上に生えるのは松(はい松)。
松こそ場所を問わない植物のなかの植物。
日本の庭にはきまって白い砂利が敷かれ、松が大事にされるのは、そういう気持ちが無意識の奥で生き続けているからにちがいない。
よって日本人の最期の光景は庭になってしまうのであるが、ヨーロッパや中国やインドやアラブの人たちは、何を見てから死ぬことになっているんだろうか。
最初の冷え症患者は昭和天皇だった(冷房)この項では目先を変、え、冷感症について、ではなくて冷え症について書こう。

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